創価学会一般会員の日記

創価学会一般会員のつぶやき

組織人間

 

うちの婦人部の幹部、めちゃできる人で、頭の回転が良く、気転のきく、切れる

 

人。なにからなにまで先手を打ち、非の打ち所がない組織人間です。

 

1年位前、壮年部で独居の高齢者の方がいるので面倒みてくれと言われ

 

連携を取りながら面倒をみてきました。初めは癖のある人だな~と思って

 

いましたがだんだん打ち解けて話もできるようになりました。

 

その方は飲食店をこじんまりやっていらっしゃり、経営状態が良くないこともあり、

 

ちょくちょく店にも通って、だんだん仲良くなり、俗に言うCクラスの方でしたが、

 

座談会にも毎月出てくれるようになりました。新聞も自分からとるようになり、

 

よかったな~と思っていた矢先、持病の腎臓病が思わしくなく、働けなくなり店も閉め

 

なければならなくなってしまいました。市と相談したした結果、専門の施設に入所

 

することが決まりました。家と店の整理も整い入所しました。私も地区で面倒見させて

 

もらったので入所しても、通って今後のことや家族のことなど、いろいろ話あいまし

 

た。そんな話の中で壮年さんは、「最近、婦人部の●●さんメールしても全然、バック

 

ないんですよね。どうしちゃったのかな・・?」と聞かれました。

 

私は、「もしや・・」と感が働きました。「え~・・実は●●さんは、季節の変わり目は

 

精神的な病気を持ってまして、電話やメールがつながらないことがあるんで、

 

今は、たぶん・・その~っ、そっとしてあげて欲しいんです。そのうち元気~。って連

 

絡きますよ。」と取り繕いました。その婦人部の方は頭はキレて組織にとっては

 

できる人なんですが反面機械みたいに冷静で組織のためにならないと思えば

 

簡単に切る人なのです。統監を移した途端、プッツリ、私はその婦人部を

 

責めるつもりはありませんが、これも組織信仰の害毒かと納得しています。

 

そんな人、過去にはたくさん見てきたのでなんとも思いませんが、その婦人部を

 

信頼していたなんにも知らない壮年さんには言えませんでした。

 

うちの地域の消防団の団員のほうが1千億万倍思いやりがあって人情があります。

 

組織もいい方もいれば冷たい人間もいます。しかし学会もこういう方が最近

 

多い。・・・自分はそうならないよう そうならないために信心しています。

昨日の人革(山崎正友)

 

昨日の人革に山崎正友の事が載ってました。

 

最近の若い青年部は山崎正友と言われても解らないと思いますが

 

学会を恐喝して裁判で断罪され3年の懲役が確定したとありました。

 

さて何を恐喝されたのでしょうか。

 

世間から見たら恐喝されるには学会もなにか悪いことを隠していたからでは

 

と思うのがごく自然な考えだとおもいますが・・3億円脅し取られたとありますが

 

実際にはその何倍ともいわれていますが・・・真相はわかりませんが・・

 

会員の側からしてみれば事の詳細な経緯を学会側から開示して頂きたい。

 

会社でも恐喝事件が起これば株主総会で事の経緯を開示するのが普通だと

 

思います。まして会員の浄財から何億円も脅し取られたのだから、その経緯と

 

脅された理由、誰が支払いの許可を出したかなど詳細を発表して頂きたい。

 

人革を読んで「あ~そうなんだ山崎正友って悪い奴なんだな~学会を脅して3億円

 

も脅し取ったんだもんな~ う~ん悪い奴だ。う~ん悪い奴だ」で済む問題

 

かな。(・・? 学会は事の経緯をしっかり発表して場合によっては会員の浄財を

 

山崎正友に支払ったことを会員に謝罪するべきではないかと思います。

 

いつも主語がなくて述語だけ(・・?

 

ウィキデータ

山崎 正友(やまさき まさとも、1936年昭和11年11月26日2008年(平成20年)12月29日、満72歳没)は、日本の元弁護士岡山県出身。京都大学法学部卒業。元創価学会副理事長・元顧問弁護士。「山友(やまとも)」と略称されることもある。

人物・来歴[編集]

1936年昭和11年)、岡山県で生まれた。岡山県立岡山操山高等学校を卒業後、1955年(昭和30年)に京都大学法学部に入学。入学後腎臓病を患い入退院を繰り返した[1]。病気を機に大学在学中に創価学会に入会。創価学会では、創価学会初の弁護士として多大な期待を寄せられ、創価学会の法務に関わる。

1970年代に起きた日蓮正宗との「昭和52年路線問題」においては積極的に関わりを持ち、弁護士として日蓮正宗創価学会の調整役を務めた。弁護士としての業務から逸脱した日本共産党宮本顕治宅盗聴事件や、創価学会と対立する敵対団体の瓦解工作などを計画・主導[2]。また、創価学会顧問弁護士の立場から日蓮正宗創価学会の間に起きた諸問題で調整役を買って出た。その際、役務上知り得る情報や人脈をたどり、総本山大石寺創価学会の間に入り、離反工作と関係調整を繰り返し、「第1次宗門問題」を陰で主導した。信仰に対しては、その姿勢を他者に容喙されることを拒み、創価学会員の信仰の根幹と位置づけられる日蓮の遺文(御書全集)よりも週刊誌の記述を重視し、「どう、俺ってすごいでしょ?」というのが口癖であった[3]

後に、山崎が経営する会社「シーホース」が45億円の負債を抱え経営危機に陥った際、弁護士としての立場を最大限に利用し、創価学会を恐喝する。1977年(昭和52年)から、創価学会の内情がマスコミに頻繁に報じられるようになり、1979年(昭和54年)には『週刊文春』が池田大作会長の辞任をスクープした。これらは山崎と原島嵩内部告発を情報源にしていた。山崎自身が実行犯の1人として関与した宮本顕治宅盗聴事件の暴露を材料にし、告訴取り下げの交渉を創価学会と重ねるが決裂。その意味で、創価学会員にとって山崎は「獅子身中の虫」であった。[4]他方、経営危機にある自らの会社を救うために数々の手形の取り込み詐欺を行った[5]

岡留安則によると、山崎と原島自民党に情報を提供し1980年(昭和55年)11月7日、池田名誉会長の証人喚問を要求する、54万人(のち134万人に増加)の請願自民党に提出した。しかし自民党は動かず、山崎らの自民側窓口となった三塚博は「国会で公明党の協力は欠かすことはできない。今請願問題を持ち出すことは得策ではないと考えているのだろう」との談話を発表した。岡留は、自民党が山崎らから得た情報を創価学会公明党との裏取引に使ったのではないかと推測、翌1981年(昭和56年)、公明党日米安保条約憲法9条下での自衛隊容認を発表したのはそのためと岡留は推定している[6]

1981年(昭和56年)、山崎は宗門との問題をねたに創価学会から3億円を要求し要求が通ると、さらに5億円を要求した。しかし、この行為によって恐喝罪逮捕された[7]裁判では、山崎の主張は50数箇所にわたり虚偽であると裁判官から指摘を受けている[8]1991年(平成3年)、懲役3年の実刑判決を受け栃木県黒羽刑務所収監された。これを受け、日本弁護士会は山崎の弁護士資格を剥奪した。他方山崎はこの判決は創価学会内部告発を封じるための冤罪であると主張し、再審請求の意思を関係者に表明していたが、言動のみで実行はしなかった。1994年(平成6年)に服役を終えて仮出所。

正信会入会そして脱会[編集]

1980年(昭和55年)前後に創価学会から除名された後、正信会に入会。『週刊文春』『諸君!』などで「二つの疑惑=日達上人の遷化と阿部日顕相伝」、「〝御相伝〟そのものは、なされていた形が、どこにも見当らない。見た人は、だれもいなかった」の文を掲載し、日達より日顕への相承(法主の役職の譲渡)はなかったと主張した[9]。当時は徹底して反日顕の立場をとり、日顕を非難していた。日顕管長に対して「管長(宗門内の行政の最高役職、法主が兼任する)の座に自らついてからの宗門行政が、まことに信仰心のうすい、功利主義の権化の如き姿である」等と激しく攻撃した[10]。しかしながら後に正信会を裏切り手のひらを返たように日顕と盟友となり、反創価学会活動の先鋒となる。創価学会除名以前から正信会僧侶の浜中和道と一体になり創価学会への糾弾を強めていた。ところがその後浜中の夫人との不倫が発覚し浜中とは犬猿の仲に。浜中は山崎の行状などを記録し非難する著作を残している。山崎正友の葬儀で喪主を務めた山崎夫人は、浜中和道の元夫人である。

山崎は正信会の会員でありながら、正信会の最大の敵である日顕に再接近を試みた。しかし、逆に大石寺において日顕より「あんたは大ウソつきだ。あんたを絶対、信用しない」「こちらからいいと言うまで、本山(大石寺を意味する)に来ることはまかりならぬ」と怒鳴られ、再接近は一度は失敗した。日顕のこの態度に対し山崎は「あの野郎が猊下法主に対する敬称)なものか。和道さんも知ってるでしょう。日達上人が亡くなる前には、あいつには相承する気がなかったってことは」と述べた[11]

その後、日顕に再接近するチャンスが訪れ、正信会を1995年(平成7年)に脱会した。それまで正信会の立場で攻撃していた日顕管長の側の機関紙「慧妙」[12]に突然、登場し「私が御相承を拝信するに至るまで」と題する手記を寄稿した。そこでは「最近になって、私は、日顕上人猊下が“御相承”について示された御指南を、活字で拝読させていただく機会を得た。微妙深遠な問題であり、また、私共凡下が窺い知るべくもない事柄も多々あるために、難解で婉曲な御表現の部分もあったが、くりかえし読ませていただくうちに、御相承の伝えられる形についての私の疑念は氷解していった」等と、手のひらを返すように以前とは全く逆の見解を書いている[13]

1993年(平成5年)12月9日、山崎は自民党民主政治研究会の勉強会に出席し、1968年(昭和43年)に創価学会が起こしたと彼が主張する選挙違反事件新宿替え玉事件に言及し創価学会が13票と公表した替え玉投票の投票数を創価学会の虚偽、偽証とし実際に替え玉投票が行われたのは新宿区だけで5000票強、全体ではおよそ2万票、自分が指揮を執ったと語ったが山崎が主張するこの事件の司直による事実確認は行われていない。

その後は創価学会の批判記事の執筆活動を行い、週刊新潮などの週刊誌上で発表した。しかしながら、2001年(平成13年)以降21世紀に入ってからは活動は先細りとなっていた。

2008年(平成20年)12月29日神奈川県厚木市愛名の自宅で倒れ、東海大学医学部付属病院に緊急搬送されたが死去。死因は急性腎不全のため。享年73(満72歳没)[14]

裁判[編集]

私生活では正信会会員の婦人女性との不倫とそれに伴う約2千万円の借金が発覚し(「中外日報1996年5月13日)、不倫相手の夫から告訴された。1997年(平成9年)6月3日大分地方裁判所原告の主張を全面的に認め、山崎に550万円の支払いを命じる判決を下した。創価学会の青年部機関紙「創価新報」等で報じられた自身に関する記事が名誉を棄損するとして創価学会等を相手に損害賠償を求めていた裁判で、2009年(平成21年)1月28日東京地方裁判所は、山崎の訴えを棄却する判決を言い渡した。東京地方裁判所はこの判決の中で宮本顕治宅盗聴事件は山崎の独断で行われたと認定され、宮本委員長が原告の裁判で教団の関与が認定された判決と異なる判断が出た。

創価学会における略歴[編集]

 

 

青年育成会議

 

先日、青年育成会議なるものが支部でありました。

 

なんでも7月に正義男幹なる催しがあるのでそれを壮婦で結集する

 

ということらしいですが。参加者→地区婦人部長1名 他全員欠席

 

地区部長全員欠席 残り支部副2名 他担当幹部と指導幹部のみ。

 

「それでは各地区の状況を発表していただきま~す。」と支部婦が

 

かん高い声で・・・第一声。シラケ鳥がカ~カ~。

 

結局、1地区発表(・・?してあとはお年寄りの支部副が近況を発表して

 

最期に副圏長が旅行に行ったくだらない話をしてオシマイ。

 

地区部長連中も「あんなの行っても意味ないっすから・・」と開き直って

 

無断欠席。本部長あたりも「おれもそろそろ副圏長にあがるからもう少しの

 

辛抱だ。」と顔に現れていました。集められたほうもたまったもんじゃない。

 

 

 

 

 

 

仏法入門(任用試験)

そろそろ、めい一杯です。

仏法入門(任用試験)任用試験受験者誘致にあたって支部で打ち合わせがありました。

内容は、受験者誘致を地区4名とするという内容でした。

私は、なぜ本部の打ち出しが2名なのに4名誘致しなければならないんでしょうか?

 

と幹部に質問したところ、「今までの統計からすると4名申し込むと2名は合格して1

 

名は不合格で1名は受験しないので4名誘致をするのです。」ということでした。

私は疑問に思いさらに質問しました。

「2名誘致するのも受験者宅を何度も訪問激励して説得して大変なのに4名なんて安

 

易な打ち出しだと思います。

 

だいたい工場で生産する部品でもあるまいし、2個の正規部品を納入するために4個生

 

産する的な考えは仏法者としていかがなものか?

 

誘致で動くのも人間だし受験するのも人間なんですよ。」と意見しました。

 

その返答として幹部は「これは先生とのお約束です。~@:・「」¥^¥;@:~ベラベ

 

ラ~ ものすごい早口でまくしたてられました。

 

わたしは言ってもムダだし、喧嘩して怨念を残して後がやりにくくなると判断して、

 

その場はそれ以上意見しませんでしたが、一事が万事ですべての打ち出しにこのような

 

最前線の現場の幹部に対する不信が根本にあるのだなと思いました。

 

選挙のときも多めにFを煽って現場に押し付けるし・・結局、現場婦人部は真面目で従

 

順なので4名の受験者を外部の方も含めて確保しました。ある婦人部の方と話す機会が

 

あり話を聞くと「うちの息子は受験することになったけど落ちる1人なのですね。」と

 

落胆していました。これは、たまたま、うちの住んでる地域の話で全国的にはこんなこ

 

とはあるとは思いませんが、学会はトップダウンなので地域の長がこれでやると決めれ

 

ばそれが方針になってしまうのが現状です。

 

私は地区の責任者でケツをまくってしまえばそれですむかもしれませんが、地区の部員

 

さんのことを考えるとそうもいかずじっとこらえて我慢しています。

 

上からのとんでもない無理難題の打ち出しにたいしても咀嚼してかみ砕いて現場に降ろします。

 

上の幹部は受験者に対し家庭訪問して激励するわけでもなく、勉強を教えるわけでもな

 

く・・・よく〇〇長がニコニコしながら・・「世間は濁世悪世で学会だけが安全地帯な

 

んですよね。えへへ~」なんて言ってますが、一般世間の自治会の会長のほうがよっぽ

 

ど自治会員さんに心を砕き一生懸命至誠を尽くしていると思います。

 

だいたい上の幹部の役割というのは地区がどうしたら円滑に戦いやすく、楽しく戦える

 

かを考え、手助けするためにあるのだと思います。それが我がゾーンは我が県は地区2

 

名の合格者をだすことできましたと自分の名聞名利のために最前線の地区幹部をモノ

 

みたいに扱うのはやめてほしいです。

 

婦人部本部長のぶすっとした顔と支部婦のノー天気なカマシ、煽り、

 

会合出ると体調が悪くなり、吐き気がします。

聖教新聞

グローバルな時代、工業生産の発達する国の特徴は安い労働賃金(タダ同然)で

雇用できる国、中国やインドは地方の山奥から引っ張て来た労働者を劣悪な環境の寮にすませ

重労働を強いていますが、飛躍的な経済発展は多くの多くの犠牲者の上に成り立っています。

聖教貴族も同類だと思います。

純粋な信仰心を利用して巨額の利益で上層職員は潤っています。

そもそも宗教機関誌はカネを儲ける必要がないのです。

財務の中から経費を捻出して無料にすべきです。それならタダでも配ります。

労働条件の改悪に至った理由として、まず使命感から配りたいという人が激減したこと

もあると思います。以前は月曜から土曜日まで週6日配達していた方も多くいました。

地域によっては配達したくても順番待ちの地域もありました。

今では専業主婦も減り共稼ぎが普通になり1ブロック3人配達態勢が普通で協力者を

入れると地区2ブロックとして6~8人が配達しています。

無理に配達を強要して未活になった白百合長ブロック長もいたと聞きます。

分割配達員が激増したことにより労災のコストが跳ね上がりました。

労災は、新聞配達は危険な仕事の部類に入るので1人頭、年間4万~5万かかります。

その金はまるまる国に取られてしまうし利益は減るわ、でどうにかならないものかと

コンサルティング会社から知恵をもらって労災やめて利益を確保しようとなったんでは

ないかと考えます。労使関係を解消してボランティアの会員で手数料(報酬→手数料)制

にした。労災の代わりに保険、〇ット保険で、ある程度保証しようと考えたのだと思います。

経費は労災の4分の1、年間1人頭1万程度で済みます。

〇ット保険は学会の外郭団体ですので学会職員の福利厚生や外郭運送会社から膨大な資金が

入ってきます。〇ット保険は人革にでてくる大東商工の流れを汲んでいるそうです。

生命保険から自動車保険、資産運用まで幅広くやっています。実は〇ット保険は保険屋と

いっても代理店です。筆頭保険会社はたしか○○海上火災だったと思うんですが。。

〇ット保険は業界では神的存在でレジェンドです。保険業界のフィクサーとして

君臨しています。意に沿わない保険会社を簡単に潰せる。交通事故比率も捻じ曲げられる

ほどのチカラがあると言われています。〇ット保険が配達員の事故や保証を扱うこと

により〇ット保険も○○海上火災も儲かりハッピーエンドという大人の事情もある

んではないでしょうか。田舎に帰ると大手ゼネコンの独身寮は軒並み全世帯聖教新聞

が入っていると聞きましたが啓蒙主は副会長だそうです。それを考えると〇○海上火災も

超莫大な利益を享受していることを考えると、友達のいない〇会長、地域の外部に人望がない〇会長

ゆえ選挙と新聞はのおいしい蜜なのでしょう。

「こことここの選挙区の社員を見つけだしてこいっ!」と言えば「はい~〇○さま~

すぐに社員全員に当たって名簿を提出いたします。」「聖教新聞わかってるな!」

「はい~全国支店全部〇ット保険幹部さまのために支店長の私が啓蒙してまいります~。」

地元ラインの会合で職員幹部〇〇長が「新聞啓蒙30部やってきました~」とか~偉そうに言ってたら「それ」です。

こんな感じですかね。裏と表でいつも苦労するのは現場の人間。職員配達しろバカヤロ~。



家政婦のミタ

中心会館の事務長超ヒマみたいですがNTY(AKBではありません。*^^)

日本図書輸送もなかなかエグいです。

会館で一服してたらNTYと書いてある4Tトラックが来ました。

荷物の搬入かなと見ていたら「ギー~っ」っとトラック後部の鉄の扉が開きました。

中にはなんと小さな段ボールが3個!!こんなでかいトラックなのに段ボール3個。

「えッ!」さすが外郭!エグい。ユルいさすが、、、です。

だけど事務長もエラいと思います。

一般会員のわたしが事務長だったら暇すぎて第六睡魔の魔王に襲われ

夢の中に突入してしまう。。(*´Д`)

そこを創意工夫(新聞を読んでみたり本を読んでみたり)創意工夫で

乗り越えておられる。頑張ってるんです~。

中心会館の事務長

それと名誉称号を発行する中心会館の事務長どう見ても働いてない。

どこから見ても働いてる様子がない。どう考えても働いてる様子がない。

ただ事務所で座ってるだけ。事務所のおねえちゃんとだべってるだけ。

仕事→名誉称号の発行 冠婚葬祭の備品の受付 電話番 ただそんだけで年収2000万以上(・・?

民間企業から見たらうらやましいかぎりです。

しかも昼休み10分前にコンビニに弁当買いに行ってるし。